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2011年8月 9日 (火)

ダニーロ

縁があったのか、親しく接してもらいました。


2007シーズンに『元サンパウロFCの10番』という肩書きで入団。

来日前に不調に陥り、そのタイミングで来日。

期待が大きかっただけに、シーズン序盤でのチームの不振から、バッシングもありました。


2005シーズンのリベルタドーレス杯では、MVP的な活躍をみせていただけに、本人もそのパフォーマンスには満足はできなかったでしょう。


シーズン途中からはベンチを暖める機会も増えていました。


ある日、鹿嶋市内のブラジル料理店『BERIMBAU』でばったりダニーロに会いました。

奇跡の大逆転優勝を決めた直後でした。


何となく、来期(2008シーズン)が気になったので、聞きづらいことを聞いてみました。


『来年もアントラーズに残るんだよね?』


『残るよ。契約はもう一年あるから。』


即答だったので安心しましたが、やはり僕は当時のダニーロを擁護したかったので、横浜フリューゲルスに在籍していたセーザル・サンパイオ(セザールという表記でしたが、実際はセーザルのほうが発音に近いので)、ズィーニョ(ジーニョ。これも発音が近い・笑)、達を例に出して、


『あのセレソンで活躍したズィーニョやセーザル・サンパイオも日本で活躍したのは2年目からだから…』


と言うと、


『サッカーはいつもそんなもんさ…』


と、ダニーロは一切言い訳をしなかったんです。

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そのときの写真。


だから、天皇杯決勝のロスタイムのスーパーゴールが突き刺さったとき、国立のスタンドで泣きました。


そして2008シーズンの活躍がありました。

記録ではなく、記憶に残る選手といったほうがわかりやすいですかね。

2008シーズン終了直後、ダニーロに会うと、ダニーロは笑顔で、

『サンパウロFCも優勝したみたいだよ!母が電話してきてくれたんだ…』

と僕に言いました。


昨年話した契約の話を覚えていたので、

『来年もアントラーズでプレーするんだよね?』

と聞くと、さすがにダニーロは微笑むだけでした。


サンパウロFCからのオファーがあったことは事実だったらしく、今思えば迷っていたんでしょうね。


しかし

2009シーズンも鹿島アントラーズに11番を背負ったダニーロの姿がありました。

本当に嬉しかったですね。



2009シーズンはACLで負った負傷が長引きましたが、復帰した直後にスキンヘッドで登場したり、リーグ連覇がかかった終盤のG大阪戦でのとどめを刺したヘディングシュートなど…サポーターは彼の功績を忘れないでしょう。


そして2009シーズン限りでの契約満了が発表された直後、ダニーロとBERIMBAUで会うことができました。


その時のBERIMBAUの女性の方との会話の中で、


『寂しいわね…もう少し日本に残ってよ』

と声をかけられたダニーロは、


『本当は2年契約だったけど、もう1年日本でプレーでできたんだ…だから良かった』


とつぶやきました。

BERIMBAUの女性の方は、

『じゃあ、もう1年だけ・笑』

と応えると、ダニーロは笑っていました。


成田空港に見送りに行ったときは、本当に寂しかったですね。

当日のスケジュールの関係で、空港への到着がギリギリになり、今まさにダニーロがゲートに入るというタイミングで滑り込んだのを強烈に覚えています。


自然と涙が出ました。


震災の直後もTwitterで日本に向けて心配するツイートをしてくれたり、本当に彼の人柄は素晴らしかったと思います。


現在もコリンチャンスでプレーするダニーロ。

いつかまた会いたいですね。

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